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2004.11.10 Wednesday

愛のメタモルフォーゼ

東京都現代美術館で開催している、ピカソ「躯とエロス」展を見に行ってきました。

今、ちょうど卒業制作でわたわたなってる私が受けたインスピレーションに対して、入場料の1000円は安すぎるくらいでした。

私はもともとデザイナーになりたくで今の学科(視覚伝達デザイン科)に来た訳ではありませんでした。ただ、絵を描くのが大好きだった子供のとき、大学っていう機関の存在を知った頃から自分は美大にいくんだ信じて疑わなかったし、高校の時はオーストラリアのタズマニア島にある美術大学に行くつもりでポートフォリオや推薦状の準備を進めてたんです。高校ではファインアートの部門で学術賞もらったり学校を代表して大会に出たりしてたので、アメリカ中部のあるアートカレッジからは、奨学金も出すという条件付きでお誘いも頂いていたし。でも両親の意向でどうしても帰国せざると得なくなり日本の美大を受けることにしたんだけど、油絵(油絵の具使ったこと無かったし)とか日本画とか限定されるのがいやだわっつんで、なんかいろいろ出来そうな視デにきたわけなんです。でも結局大学はいってからほとんどもう絵を描かなくなってしまった。でもプライドだけは残っていて描こうとするんだけど、うまく描けない。描いたとしても、高校の時の自分の絵を超えたっていう達成感に到達できない。のびのび描けない。だから、最後の最後の卒業制作で、その壁を乗り越えたい。自分になにが足りないのか探りたい。そういう思いで今日の展示を見てきました。

2時間以上かけて一人でゆっくり周った結果、絵を描くことに対する自分の勘違いというかおごりのようなものに気づきました。そして、もっと謙虚にならなきゃだめだな、と痛感しました。私は絵を描くとき、なにかオブジェクトを見ながら書くことはほとんどありません。オブジェクトがあっても、見てて見てないようなものです。表現は、想像と画面の中の構成によって行おうとしてきました。真っ白なキャンバスだけをただ見つめることで、次に必要な線や色が見えてくると思っていました。それで表現はできるものと思っていた。でも今日の展示を見て考えが変わった。ピカソが行った、デフォルメやメタモルフォーゼが教えてくれたことは、「見ること」の大切さだ。表現は画面の中での構成だけではない。私はあまりに光を知らなすぎる、形を知らなすぎる。美大生なのに、光や形状といった描写の基本や、デッサンなどを、今まで一度もちゃんと勉強してこなかったことがすごく悔やまれた。

絵には感性と表現力こそがその力であって、技術的な巧さは関係ないと思っていたけれど、やっぱりそれらに加えて技術的な巧さも持ち合わせた絵の力というのはすごいと思った。それが後世まで受け継がれる絵とそうでない絵の違いなのかもしれない。技巧の上に成り立つ抽象表現の訴求力はすごいと思った。ほんとうの技巧とは、見る力だ。

今日見た作品はどれも素晴らしかったけど、しかしやはり、そのなかでもこちらの心まで届く作品っていうのは(人それぞれだろうけど)ほんの一握りだ。しかしほんとうに「んがっ」って思うものは数点あった。偶然のシンクロニシティみたいなものかもしれない。作品が心に響くっていうのは、それくらい神秘的な希少な体験だと思う。

イイとか、感動とか、どういう言葉で表したらいいのかわからないけど、わたしが何かを感じると「んがっ」っていう感じが心に残る。特に記憶に残ったのは、かなり抽象的にデフォルメされた、浜辺交わる男女の絵と、マリー=テレーゼを描いたこれもまたデフォルメされた裸婦像だ。それらは相当デフォルメされていても、その光や形に技巧的な説得力があった。それらにはかなり「んがっ」感が残った。描く(表現する)力は、見る力の上にのみ成り立つものだと思った。見ることをおざなりにしてきた自分に反省した。

どちらにしろ、わたしはやはりデザイナーではないけれど、かといってアーティストと名乗るのはこれまたひどく僭越だ。見た人を「んがっ」って言わせるような、ちゃんと人の心を触れるような表現のはしくれでも触れるまで、ストイックに紙と向き合わなければいけないなと思いました。

大事なのは 「謙虚に:見ること、聞くこと、感じること」。表現(発信、発言)はその一番最後なんかもしらんと肝に銘じるようにします。

「愛のメタモルフォーゼ」

日本では盛者必衰というように、「終わりのないものはない」とか良く言われます。特に今日はエロスを題材とした作品が中心に展開される展示だったのもあり、多くの作品や解説からピカソの情愛を垣間みることが出来ました。ピカソは恋多き画家だったようです。

特に恋愛においては、「終わらない恋は無い」というのは誰もが思うことです。

しかし、物理学における「エネルギー不滅の法則」(各種エネルギーというのは、発散などで形は変えても決して無くならない)のように、恋心も、愛や憎しみに形を変えて流れていくだけで、なにかが終わったわけではないということ。この時期のピカソをはじめとする特にシュルレアリズムの画家が好んで行ったメタモルフォーゼの真意とは、あまりにも名辞しがたい「永遠」の象徴かもしれないと思いました。
コメント
なるほどね。
響いたことが響いてくる文章だねぇ。

最後の一段落、いいね。
エネルギーっていうので捕らえると、まさにそうだね。

恋はエネルギーの一つの形なんだ。
  • みえちん
  • 2004.11.17 Wednesday 03:57
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ЦΥ??
  • Norfelt Hatenscher
  • 2006/12/02 5:53 PM

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